八 金蘭
杣人の三次さんがある日、桑ノ木山で黄葉の寒蘭を見つけた。喜んだ三次さん早々に持ち帰り、野根山杉の古株に植えた。やがて桑ノ木集落に晩秋が訪れ、黄葉の寒蘭に黄金色《こがねいろ》の花が咲き、香りが集落に漂った。佐喜浜は、県東部一、二と云われる寒蘭の自生地である。さすがの人々も、この様な見事な蘭は見たことも無く、これこそ伝説の金蘭だ、ともて囃《はや》し話題となった。
このころ、土佐藩主・山内の殿様が野根山越しに東部の巡視に来る運びとなった。佐喜浜の庄屋・寺田は、殿様の長旅をお慰めしようと、献上品をあれこれと考えあぐねた。やっと思い付いたのが、三次さんの金蘭であった。早速ことと次第を三次さんに話した。すると、お人好しの三次さん、二つ返事で承知した。
桑ノ木から野根山街道に登った所に「小野《この》お茶屋の段」という広場がある。(注「お茶屋の段」とは、大名行列が休息する場所で、野根山街道沿いには数ヶ所あった)
さて、殿様の一行が小野にお着きになり、しばしのご休憩となった。そのとき、庄屋は恐る恐る金蘭を献上した。すると「おお、これが噂に聞く金蘭か。まことにもって見事じゃ」と、いたくご満悦され、金百両を下賜《かし》された。いくら珍しくとも、たかが山の草。それが百両という大金に化けてしまった。佐喜浜の人々は、この話しで持ち切りとなったが、意に返さない三次さん、一言、「殿様も大層な無駄遣い者よ」と、ちくりと皮肉った、という。
浦人が「三次さんよ、あの金蘭は何処にあったか」と、尋ねる。無欲な三次さんは「桑ノ木の奥の谷の、南斜面に枯れた栂《とが》の大木がある。その根元だ」と教えた。それ行けとばかりに、欲の皮の突っ張った連中が行ってみると、栂の枯れ木がある。しかし、白骨林というべきか、無数に枯れ木が立ち並び、どの木の根元なのか、さっぱり見当がつかない。そこで、引き返してもう一度聞く。三次さんは、ここぞとばかりに「知れたことよ。あの蘭を採った時には、枯れ木の雲の梢に一羽の鷹《たか》が留まっていた。その鷹が目印よ」といって、煙に巻いたという。
九 柿の木
桑ノ木集落のすぐ上流に、段と言う集落がある。そのまた上に、段ノ上《かみ》に一軒家があり、その墓地の側に今も大きな柿の木がある。この柿は三次さんが植えたものだという。段に早い秋が訪れると柿の実が熟す。その熟柿を狙って、百舌《もず》が来ては食い散らかす。三次さんにしてみれば「せっかく儂《わし》が植えた柿を、百舌ごときに食われては沽券《こけん》に関わる」とばかりに、刺し鳥黐《とりもち》や釣り針に夜盗虫《よとうむし》、小さな蛙を餌に仕掛けて捕っていた。この頃から、日本一の百舌捕り名人と云われ始めた、という。
十 夏冬
三次さんの奇人変人ぶりの一つ。当り前であるが夏は陽射しが強い。そこで三次さん、綿入れの長襦袢《ながじゅばん》に長ズボンをはいて陽射しを避けた。冬は陽射しを全身に浴びようと、薄い袢纏《はんてん》で手足や胸をはだけて暮らしていた。健康に気を使った人、と云えばそれまでだが、自然児三次さん、躍如の所以たりや。
十一 腕立ち
三次さんは、薪割りの名人だった。石を当《あ》て木がわりに百掽《はえ》の保佐《ぼさ》(雑木・燃料木)を割った時、石の当て木はわずか三ヶ所の傷を残すだけでだった、とか。
十二 万との腕くらべ
三次さんの所へ、阿瀬郷《あせご》の大男の万《まん》が、保佐の割り競べをしにやって来た。時間を定めて始めたが、割った保佐の数は同じであった。万「流石《さすが》に噂に登る三次さんじゃ。儂と引き分けるとは大したものよのう」三次さん「いいや、この勝負は儂の勝ちじゃ」といった。良く見ると、保佐を割るのに、万は石を当て木がわりにしていたが、三次さんは木を当て木にしていた。その当て木が半分切れていた。三次さんは「見てみよ、儂は木の当てを半分切っているぞ。その分だけ、儂の勝ちよ」と嘯吹《うそぶ》いたという。
「阿瀬郷の万」について、阿瀬郷とは、野根川最上流、県境の平家の落人集落である。ここに、杣を生業とする働き者の夫婦が居た。この二人の間には子供が授からない。それを見かねた久尾集落の村人が、阿瀬郷の氏神に御籠《おこも》りすることを進めた。氏神は熱心に祈願する夫婦に応え、男の子を授けた。夫婦は、その子を万と名付けた。万は健やかに育ち、二、三歳にして野山を駆け巡り、川に遊び、十二歳にして父の仕事をこなした。成長した万は、父母に別れの言葉を残し森へ消えた。
再び姿を現した万の姿に夫婦は驚く。全身毛むくじゃらの大男となっていた。万は家を出た経緯《いきさつ》を語る。「あのまま父母のもとで暮らしていては、人を喰っていた。だから森へ入り苦行を重ねた、と告げた」が、万の性情は変わらなかった。父母が病に臥せると、家の前に薬草が山と積まれていた、という。「阿瀬郷の万」の話は、四国内に広く伝わる。
次回も三次さん噺です。お楽しみ下さい。
文 津 室 儿
絵 山本 清衣