37話 尻喰われ観音
とんと昔、こんな話があった。
人は死んだら、あの世へ行そうな!。あの世へ行には六文銭がいる。この銭は三途の川(賽《さい》の河原)の渡し賃じゃ、と。ほかにあの世じゃ銭はいらんが、なにが要るかというと、この世に居る間に南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》と言う念仏を一杯唱えちょくことやと。この念仏が閻魔《えんま》大王様の好物で、土産になるそうな。
土佐は東の端の室戸岬にほど近い村で、ある朝早く、お虎《とら》ばんば(婆・老女)が、こっとり(急に・突然)死んだ。それからしばらくしよったら、今度は、同じ村の六助《ろくすけ》ことロクという若い衆《わかいし》が死んだ、と。
ロクはお虎ばんばが、自分より先に死んだ事を知っちょったき、一緒にいこうと思うて、お虎ばんばの後を、一生懸命に走り走っておわえた(追いかける)そうな。
「おーい、お虎ばんばよ、待ってくれ」と、おらび(叫び)ながら行きよると、ようようのかぁで、お虎ばんばに追いついた。
所がお虎ばんばは、何やら背負ちゅう。
「お虎ばんばよ、そりゃなんぜよ」
ロクが、目を白黒したのも道理よ。ばんばは、たかで(非常に・実に)ざまぁ(大きい)な荷物を肩に背負って、ようよう行きよる。お虎ばんばは、ロクに気が付くと立ち止まって、ふうふう言いながら、「これかよ、こりゃのう、閻魔大王様への土産の念仏よ」と、言うたそうな。すると、ロクが「そうかよ。そりゃ重かったろう。なんなら儂《わし》が代わって持っちゃろか」と言うた。お虎ばんばは「持ってくれるかよ、そりゃ有難い。たのむき持ってくれや」といって、どっこいしょと大きな荷物を下ろすと、肩をトントンとたたいて喜んだ。ロクは歩きながら考えた。
「ヒヒヒ、しめたぞ。この念仏・・・そっくり、儂のもんにしちゃろ」と、ロクはお虎ばんばの念仏を猫ばばする事に決めた。「ほんで、お虎ばんばと一緒じゃいかん。へんしも行かんと儂の物にはならん、ととっとこ足を速めた」すると「ロクよう、待ってくれ、これ、待てやーい」と、お虎ばんばが呼ぶのも、どこ吹く風と、すたこらすたこらさっさと、小走りに行ってしもうた。そうして閻魔庁へ着くと、「ええ、閻魔様はいらっしゃいますか!、儂は六助と申します。閻魔様の好物の念仏を、どっさり持って参りました。どうぞこれを納めて下さい」と、お虎ばんばの荷物を差し出した。
閻魔様はこれを見て「ふーむ、おやまあ、齢も若いに、げに感心な奴じゃのう。よし、なかなか勉強をしちょるき、観音さんにしちゃろう」と、いうた。
閻魔庁とは、亡者がやって来ると、そこで本人がこの世で、どんな悪い事をしたか善いことをしたかを仕分けて、地獄、極楽へと送る。極楽ゆきの中でも、念仏の土産が大きかったら、特別に観音様にしてくれる、と言う分けじゃ。
絵 山本 清衣
ロクの土産があんまり大きかったきに、閻魔大王はロクを観音様にしちゃろうというた。
ほいたらそこへ、お虎ばんばがのっこらのっこらとやって来た。土産も何も持ちゃせん姿に、閻魔様は「おまやぁ、たかあその齢になっても、土産の一つも無いかや」と皮肉たっぷりに言うたそうな。
ほいたらばんばは、「いんげ(いいえ)のいんげ、閻魔様。私しゃぁ、念仏の土産をどっさり持って来ましたぜよ。私が持ってきよりましたらのうし、隣のロクが、そりゃなんぼか重たかろう、儂がちょっくと代わって持っちゃろ、言うて持ってくれましたけんど、私を待たんと、とっとこ先へ行きましたが!」
それを聞いた閻魔大王は、赤い顔をなお真っ赤にして恐ろしい顔でお虎ばんばを睨《にら》み付けた。「こら、ばんば、おまやぁ、まっこと不届きな奴じゃのう。わしにまで嘘をつくきか」「いんげ、いんげの・・・嘘じゃありません。なぜこのばんばが、閻魔様に嘘を付きましょうか!そうそう、その証拠はロクが持ってきた、荷物の名札を見てつかあされ」
お虎ばんばが、真顔で言うので、閻魔大王が名札を見た、と。ほいたら、ちゃんとお虎ばんばの名前じゃー。ほんで今度は、ロクが閻魔大王から百雷を受ける番になった。
「馬鹿野郎、お前は、なんちゅう奴じゃ。今までここへ来た奴で、わしを騙した奴はお前が初めてじゃ。貴様なんぞ鬼に喰われて死んじまえ」
閻魔大王が、こういうて大きな声で怒鳴りつけた。傍にいた鬼共は、久しぶりに人間が喰えると思うて、嬉しゅうて嬉しゅうて、天国に昇りよるロクに襲いかかった。その時は、もうロクは腰から上は観音様になっちょった、と。
ほんで鬼は、ロクの足しか喰えざった言うて残念がった、と。これ以来ロクは「尻喰われ観音」と呼ばれたそうな。
むかしまっこう、さるまっこう。おさるのお尻は真っ赤か。
文 多 田 運
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