第40話 ウツボと徳爺さん
それはそれは、とっとの昔の事じゃった。
室津郷山田の里に、川釣り、海釣り何でもござれの、徳助《とくすけ》と云う釣りキチ《上手な》爺さんが居りました、と。
今年も梅雨が明け、待ちに待った夜釣りの季節が来ました。
徳爺《とくじい》さんは去年の竹の旬、旧暦八月に伐った古参竹《こさんちく》や真竹《まだけ》で数本の釣竿を拵《こしら》え、準備をととのえて闇夜の晩を待ちかねていました。
「今夜は雨も降るまい」と、
徳爺さんは呟きながら、小さなカンテラ(携帯ランプ)をさげ、里の東の三津坂を越え丸山にむかいました。
丸山は、通称「明神《みょうじん》さん」(明神とは、日本神道の神の称号の一つ。神は仮の姿でなく、明らかな姿で現れている、と云う意味)と親しまれている北明神神社が鎮座まします。
徳爺さん、いつも明神さんにお詣りをして鳥居の前のスマシロの磯にでかけました。
この磯はクエやイセギ、大鯛まで釣れる、徳爺さん取っておきの穴場です。
そんな穴場ですが、
「今夜は、とんと当たりが無いのぅ!」と、
ぼやいていますと。
暮の六つ戌《いぬ》の刻《こく》(八時頃)にやっとひと当たりきました。
「待てよ、この当たり・・・!」
たしかウツボの当たりと思うたが、尋常でない強い引きだ。徳爺さんは渾身の力を釣竿に込めました。竿は弧《こ》を描ききると、その反動で、いままでに見た事も無い大ウツボが飛沫《しぶき》を上げながら丸山の麓まで飛んでいきました。
それから後《のち》は、何一つ当たりがありません。
「おかしな晩じゃのぅ。亥《い》の刻(十時)も近い、今夜は帰《いぬ》るとするか!」
帰り支度を整えた徳爺さん、明神さんの鳥居前まで来ますと、ガサガサ、ガサガサと何やら騒がしい。カンテラを照らし、よくよく見ますと、さっきのウツボのそばに一頭のイノシシが倒れています。
イノシシはここで寝ていたのか、そこへウツボが落ちてきて、急所に当たり運悪く死んでいました。
ガサガサ聞こえた因《もと》は、ウツボがウサギの後ろ足に噛みつき、痛みに耐えかねたウサギは、そこら中堀廻っていました。そのウサギの足下には、これはこれは又、大きな山芋がむき出しに十数本も転がっています。
絵 山本 清衣
「ウツボとイノシシ、ウサギと山芋が一度に取れるとは、今日は何と良い日だろう」
徳爺さん、これは苞《つと》(藁《わら》や茅《かや》で作る包み物)でも作らないとなかなか持ち切れないぞ。ふと前を見ますと、茅が茂っています。これは好都合とばかりに、茅を掴むと草刈り鎌《かま》でザックリと刈り取りました。すると茅の向こうに鳥の羽が見え、バタバタと騒いでいます。なんと、茅の中にキジが隠れていました。そのキジを捕らえ出すと、茅の中に白い物が転がっています。
「ありゃりゃ、これはキジの卵だ」
卵は全部で十三個もありました。
「はてさて、今日は何て良い日だ。ウツボとイノシシ、ウサギと山芋、キジとその卵十三個を得ました」
「はてさて、どうやって持ち帰ろうか?」
徳爺さんはイノシシを背中に背負い、ウツボとウサギを右手に持ちました。
左手には茅の苞を持って、苞の中にはキジと山芋と卵が入っています。
徳爺さん、
「一人じゃこんなに多くは食い切れん。里人たちとお客をしよう」
など、あれこれ思案しながら家に帰りました。
「うーん、重かったな」今夜はもう遅いきに明日の事としよう、と云って寝てしまいました。
徳爺さん、早く起きますと昨夜《ゆうべ》の出来事を里人に触れ回りました。
喜んだ里人たちは、儂はイノシシが好物じゃ、キジじゃ、ウサギじゃ、山芋じゃ、と云いながら大お客になったそうです。
徳爺さん、これはきっと儂が良く働くので明神様がご褒美を下さったにちがいない。
「謹厳実直」であれ、と名付けてくれた父母に感謝しながら、お礼参りを続けたと伝わっています。
文 津 室 儿
「お客」というのは土佐特有でしょうか。小さいころ「よばれ」るという言葉を聞いた記憶があります。土佐「皿鉢」は女性軍も一緒に宴会に参加できるように工夫されたものと仄聞していますが、現今、全国どこの女性軍も酒に強くなっているようですね。ところで、「室戸の沖で鯨釣った」と言ってももう驚かれませんが、「室戸岬でウツボやマンボウを食べた」と聞くとみなさん驚くようです。
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