2013年6月2日日曜日

室戸市の民話伝説 第38話 月と竜宮城へ旅した傘屋


 第38話  月と竜宮城へ旅した傘屋

 室戸浦は浮津の西の方に、何代か続く仁介屋《じんすけや》という屋号の和傘屋があった。往時の主人の仁介は、京都の老舗和傘屋で丁稚奉公十年を勤め上げ、番傘(骨太で丈夫な傘)蛇の目傘(開いた時に白い輪の模様が蛇の目に似ている事から)端折《つまおり》傘(傘骨の下端が内へ曲がっている長柄の傘。公家・僧侶・武家などの用いたもの。野点《のだて》によく使われる)の技術を習得して帰郷した。
 今年も梅雨をひかえた五月《さつき》、仁介の店に番傘の注文がどっさりきた。風の強い室戸では、骨太の傘骨に傘布を張り、柿渋《かきしぶ》、亜麻油《あまゆ》、桐油《とうゆ》を塗っては重ね塗り頑丈な傘を作っていた。仁介は店裏《たなうら》の松林を抜け、広々と広がる鯨浜で干しておった。仁介は、風に傘を飛ばされまいと、傘を紐で括り、その紐を体に結びつけ、うつらうつらと五月晴れに誘われるがままに昼寝を楽しんでおった。

                      絵  山本 清衣

 すると、にわかに空が暗くなり沖の方から竜巻が吹き、あっというまに仁介は傘ごと空へ巻き上げられてしもうた。
 ふわりこふわりこ、空を漂うこと実に七日七夜、やっと着いた所が何とお月様だった。お月様には木の一本、草の一つも生えてなく緑も無く、それはそれは石ころだらけの、淋しい所だった。
 仁介は、こりゃ困ったと思いながら、そこここと歩いて行くと、一つの洞穴があった。恐る恐る入って行くと、中に白髪のお婆さんが居って、石臼《いしうす》を碾《ひい》ておった。
 仁介は「もしもしお婆さんや、何ぞ食べる物はなかろうか。わしゃ腹が減って減ってのぅ・・・!」粗末な物でよいがめぐんでくれまいか、と言うて聞くと、
 お婆さんは、「そうか、腹が減っちょるか、よしよし、いま探してきちゃる。それまでこの石臼を碾きよってくれや。あんまりがいに碾かれんぞよ」
 こう言い残すとお婆さんは、どこぞへ行ってしもうた。仁介が、石臼をちょいと碾くと、ゴロゴロと鳴る。「こりゃ面白い。もうちっくと碾いちゃろ」と思うて、ゴンゴン碾きだした。すると、ぴっか!ぴっか!、と光だし光と一緒にどっしゃーんと、月から真っ逆さまに落ちてしもうた。
 たまるか、仁介は、とっと海の底までブクブクブクブクと海の底まで沈んでしもうた。
 すると、そこへ乙姫様が出て来て、「ようこそいらっしゃいました。さあさあ、どうぞこちらへ」と、言って、竜宮城へ案内された。竜宮城の綺麗なことと言ったら、それこそ目がくらむほどだった。
 ここで仁介は、朝に晩に美味しいご馳走をいただき、鯛《たい》や鮃《ひらめ》や鮹《たこ》の面白い踊りを見て楽しむ日毎であった。
 ところが仁介は、この竜宮城で一つだけ不思議なことがあった。それはお昼が過ぎた頃、どこからともなく、ぽつんと一つ桃のような物が落ちてくる。その、美味しそうな事といったらありゃしない。仁介は食べたくて食べたくてならん。そこで、乙姫様に聞いてみた。
 「乙姫様・・・!、あの桃を食べてもよろしゅうございますか・・・!」
 乙姫様は「いけません。あの桃は絶対に食べてはいけません」
 こう言って、乙姫様からかたく止められました。ところが、人間と言う者、仁介は面白いもので、せられん、見られん、と言われると、かえってしたくなったり、見たくなるものであります。
 ある日、仁介は一つぐらいなら良いだろう、とかっぷり食いついた。すると、たちまち仁介の体は、羽が生えたように軽くなって、上へ上へと昇り始め、海の上へぽっかりと浮かんでしもうた。
 なんとそこには、漁船がいっぱい居って、「人の形をした魚が釣れた。人魚じゃ、人魚じゃ」と、漁師たちが大騒ぎ。
 そこで仁介は、「いや、わしゃ人間じゃ。室戸浦の傘屋で仁介という者じゃ」と叫んだ。
 漁師は「そういやぁ、まっこと、昔、そんな傘屋があった、と聞いちょる」といって、室戸浦へ連れ戻ってくれた。所が、何様何百年も過ぎていて、浦はすっかり変わって、知り人は一人もおらん。仁介は「ほんなら、わしの墓もできちょるじゃろ。ひとつ、墓へ行ってみよう」こう言うて、松並木に埋もれた墓地へ行ってみた。
 すると、かたむきかけた墓があちこちにあり、表面に苔がべったり生え文字が読めない。そこで、そっちに回りこっちに回りして、苔《こけ》を落としたり、草を刈っていると、つい足を滑らせて、崖から真っ逆さまに奈落へ落ちていった。恐《おそ》れ戦《おのの》いている仁介の頭に、松毬《まつかさ》の雨が降りそそぎ、その痛さに夢が覚めた。
                                                                 文  津 室  儿
          

1 件のコメント:

  1. 竜宮に行ったと伝わる浦島太郎のふるさと、京都丹後半島の経ヶ岬を訪ねたことがあります。室戸岬とは趣が少々違うようですが、はるけさが同じようで懐かしい感じがしました。

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