2011年12月1日木曜日

室戸の民話・伝説 第10話       菜生谷の蝦蟇


菜生谷の蝦蟇 


 むかしもむかし、室戸岬町が津呂村であったころの話です。津呂村は耕作地が少なく、蔬菜類《そさいるい》の栽培を菜生《なばえ》地区に頼っていました。菜生地区は、春は菜の花からとの古事に倣い、年中温暖で菜の花が絶えない土地であります。その菜の花に由来して生れた地名が、字《あざ》・菜生であると言われます。縁先では、昔から初老たちが草履《 ぞうり》作りにいそしみ、製造が盛んであった、と聞きますが今この風景は見られません。
《あざ》 この菜生谷の近くに、大層腹の据わった孫太郎という猟師が住んでいました。むかしのこの辺は人家もまばらで、田畑の周りは、笹藪が多く昼間でも淋しい所でした。
ところが、田畑の作物が何者かに荒らされ始めた。里人は、「何者か、突止めなければ」と困り果ててしまった。里人は頭を突き合せ相談を重ねた果てに妙案を得ました。鉄砲撃ちの名人・孫太郎に頼み込むことだった。
お人好しで、物怖じしない孫太郎のこと、即座に「おらが仕留めてやろう」と、気前よく引き受けてくれた。
 孫太郎は、それからと言うもの昼間は猟に、夜は畑のそばに番小屋を建て、見張りを続けた。
 ある日のこと。孫太郎はいつものように猟銃を肩に掛け、鼻歌まじりで陽気に菜生谷の奥へ猟に入った。孫太郎がひょいと振り向くと、生茂る雑木林の暗がりから、大《おお》鍋釜《なべがま》を被った正体不明のものが、目を凛々《りんりん》と輝かせてこちらを見ていた。孫太郎は咄嗟《とっさ》に「これは化け物じゃ、うっかりすると、こちらがやられる」と思った瞬間に鉄砲をぶっ放した。確かに手応えがあった、が姿が見えない。「えらい、すばしこい奴じゃあ」と、いぶかりながら探し回る。陽は傾きはじめた。探し切れぬまま里に下りてきた。
 いつか年も暮れ、大晦日の晩の事であった。「明日は正月、ゆっくりするか!」と、久しぶりに番小屋を離れ、我が家で晩酌をちびりちびりと飲んでいた。孫太郎、どうした事か番小屋が変に気にかかる。ほんのりと頬を桜色に染めていたが、ひょいと猟銃を肩に掛けると、通い慣れた夜道を番小屋に向かった。空は星が満天に輝く夜であった。
 番小屋に近づくと、何者かが囁く声を耳にした。孫太郎は足を止め、雑木に身を隠した。雑木の葉陰が孫太郎の姿をすっぽりと覆い隠していた。耳ざとい孫太郎の耳に『今夜は大晦日の晩じゃ、孫太郎は来まい「鍋・釜」を脱いで、踊ろう、踊ろう』と歌っているのが聞こえた。
 孫太郎は目をしばたたせて、じっと一ヶ所を見つめた。確かに畑の真ん中で異様は者が踊っている。孫太郎はそれが何者かぴんと頭に浮んだ。「山の中で遭った、あれじゃ」ほろ酔い加減とはいえ、腕自慢で太っ腹の孫太郎のこと、銃を構えた。幸い至近距離だった。
一発の銃声と同時に、天にも届く悲鳴があがった。その声は里人の耳にも届いたという。「当たった」と、思った瞬間に孫太郎の前をふっと何者かが走り去った。再び薄気味の悪い闇の静寂に返った。
 眠れぬ夜を過ごした孫太郎は、元旦の朝である、が身を起こすが早いか畑に向かって突っ走った。踏み荒らされた畑の真ん中には、一つ、血のしたたる鍋釜が転んでいた。
 孫太郎は、血の後を追った。血は菜生谷の奥へ奥へと続いていた。すると突然、目の前に大きな洞穴が立ちはだかった。洞穴は暗く何も見えない。数秒か!、数分か!、後に孫太郎の目もやっと暗闇になれた。孫太郎の目前には、見た事のない巨大な蝦蟇《がま》(がまがえる)が死に絶えていた。
 猟師・孫太郎は、生き物を殺生する生業《なりわい》である。仕留めた獲物に畏怖畏敬《いふいけい》の念を忘れていなかった。蝦蟇のために、小さなお堂を作り、御霊《みたま》を祀ったと伝えられている。
 その後の菜生地域は、田畑も荒らされる事なく、平穏が続き里人は孫太郎に感謝の気持ちを持ち続けたと言う。現在の菜生地域には、鈴木孫太郎神社が祀られている。ただ祭神はこの物語の主人公・猟師の孫太郎とは関係がない、とも言われている。 今、その真実を知るすべは何処にも見つからない。

                              文 津室  儿
                              絵 山本 清衣
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