2014年4月1日火曜日

室戸市の民話伝説 第48話 中里の化け猫

この噺も、とんと昔のことよ。
 佐喜浜村の中里に、たいちゃー鉄砲の上手な猟師がおったそうな。猟師は妙見山を中心にした、山々で猟をして暮らしよった。
 ある晩のことよ、明日の猟のために鉄砲の弾を作りよった。この猟師の家には、お爺《じい》の代から飼いよる大きな三毛猫がおった。
 猟師が弾を作りよると、三毛猫がどこからかもんてきて、家の中に入ろうとするが、図体《ずうたい》が太うなりすぎて入れんで、ニャアーニャアーとないておる。
 「うるさい奴にゃ」
と、呟きながら猟師が三毛猫を見ると、えらい太うなっちょる。


                         絵  山本 清衣

 この地域は、昔から「猫が障子の組子を抜けれんようになったら捨てよ」という言い伝えがあったな、と猟師はふとそんな事を思い出した。
 三毛猫は、囲炉裏《いろり》の傍で喉をごろごろ鳴らして甘えて居ったが、いつの間にか、ごろっと横になって眠ってしもうた。
 猟師はやっと、十箇の鉛弾を作り上げ、タバコを一服ふかしながら(三毛もこればぁ太ると、主人に仇をするかもしれん。もう捨てるか、殺すかせんといかんなぁ)と、独り言をいうた。
 この時、眠っているとばかり思っていた三毛が、猟師を鋭い目で睨み付けよったが、猟師は一向に気がつかざった。
 そうして一服が終わった猟師は、鋳型《いがた》の中から取り出した弾を一つ一つ丁寧に磨いて、弾入の中へいれておった。それを眠たふりの三毛が、一つ二つと目で数えよった。
 やがて十箇の弾を磨き終わった猟師は、(どれどれ寝るとしようかのう)と、独り言をいいもって寝間に入った。そうして、布団を頭から被って寝たが、どうした事か今晩に限って寝付けん。布団の中で何度も寝返りをうってみるが、益々目が冴えてくる。
 こうなると、もう一度、起きて弾でも作るほかないと思い、囲炉裏の傍で鋳型を取りだし、鉛を溶かして弾を作りはじめた。
 この時には、囲炉裏ばたで眠りよった三毛は、もうおらざった。猟師は、出来た鉛弾を一つ一つ丁寧に磨きよったが、その中から一つだけ取り出し、弾入れの中に入れた。これで弾入れの弾は十一になったわけよ。
 再び猟師は寝間に入って、大きなあくびと共に布団に入ると、今度はぐっすりと眠れた。
 あくる朝、暗い内に朝飯をすました猟師は、弁当を作りながら三毛を呼んだが、何処にもおらん。いつもなら、足にじゃれついて餌をねだるが、何処へ行ったと思い、兎に角三毛の茶碗に朝・昼の食い物を入れて、鉄砲を肩に、日頃の猟場である妙見山へと出発した。
 その時、一回り二回りも大きくなった図体の三毛が、屋根の上から猟師の行動をじっと見ておった。
 妙見山は低い山だが、不思議に獲物の多い山で、いつでも熊や鹿、猪を捕ることが出来た。けんど、この日に限って兎一匹にも出合わん。「獲物を追う猟師、山を見ず」との諺どおり、山から山へと獲物を求めてゆくうちに、迷うてしもうた。
 そうした猟師が、やっと帰り道を探し当てた時には陽は西の山にかたむき、足を引きずりながら妙見山の麓へ帰り着いた時は、もう薄暗かった。
 突如、薄暗闇の中から怪しげな物音がした。猟師は、歩みを止めて前方を透かしみた。そこには、飼い猫の三毛が仁王立ちで猟師の帰り道をふさいでいた。三毛は目をランランと光らせ、隙あらば一喰い、とばかりに狙っていた。
 日頃から猟師の腕前を知っている三毛は、むやみに掛っていかない。鉄砲に素早く弾をこめた猟師は、三毛を目掛けて引き金をひいた。カーンと甲高い音がして、続いてポタン、と鈍い音がして、三毛は涼しい顔で平然と立っていた。
 こりゃいかん。と思うた猟師は、続いて二発目を狙い定めて撃ち込んだが、前と同じことよ。五発、六発、七発と、続けて撃ち込んだが、三毛は相変わらず涼しい顔の仁王立ちで、大きな口を開け猟師を狙うちゅう。
 あまりの不思議さにたまげた猟師も、ようよう落ち着いて八発目を撃つとき、三毛の動きを気をつけて見た。三毛は、猟師が撃った弾を前足に柄杓《えしゃく》を持って受け止めちょる。カーンという音は、柄杓で弾を受け止めた音、ポタンという音は柄杓の中の弾を草むらに捨てる音じゃった。
 ここまで三毛に神通力が出来ちょったら、儂《わし》にゃ勝ち目がない。と思うても、どうにも仕方がない。猟師は、祈りをこめながら、九発、十発と三毛を目掛けて撃ち込んだ。
 すると、三毛は柄杓を投げ捨てて、大きな口を開けあざ笑うように一声鳴くと、一歩一歩と猟師の方へ近づいてきた。
 三毛は夕べ、弾の数をかぞえておった、弾はもうこれまでだ。と思って舌なめずりしながら近寄ってきた。猟師が最後の弾、十一発目を込めたのを、脅しと思うたんじゃろ、三毛はゆっくりと猟師との間合いを取り、最後はネズミに飛びかかるように襲いかかった。と同時に、最後の一発の弾が三毛の頭をつらぬいた。三毛は断末魔の叫び声をあげ、ばったりと倒れ動かんようになってしもうた。
 猟師は明くる日、三毛猫を手厚うに葬ってやった。その後、この猟師は米寿まで長生きをしたという。そうして遇う人ごとに「猫の居る所で、鉄砲の弾を作ってはいかんぞ」と、猟師仲間を戒めた、という。

                           文  津 室  儿