2014年1月1日水曜日

室戸市の民話伝説 第45話 おんばさま

 第45話 おんばさま

 昔々、とっとの昔の事じゃった。佐喜浜村の庄屋に、それはそれは可愛い女の子が生まれた。大きくなるにつれて見目麗しさは一際輝き、若い衆らが嫁に貰いたい、婿に成りたい、とワイワイガヤガヤ。娘の周辺は来る日も来る日も禍々しい日々であった。
 両親は、一人娘に悪い虫が付かぬ内に、早く嫁にやるか婿を取るかせにゃならん。出来れば婿を取り庄屋の安泰を図りたい、と願って親戚中に婿探しを頼み回った。
 娘は、と或る日から気性が変わった。親戚からは、庄屋には身に余る家柄の男を持ち掛けても、娘は会おうともしない。来る縁談、来る縁談を断るばかり。日頃、気立てのやさしい娘のどこに、頑固さが潜んでいたのか、両親はただ驚き呆れるばかりであった。
 そんな娘に変化を感じ取った母親は、娘の部屋から夜な夜な物音が聞こえたり、早朝、部屋の前の廊下がなぜか濡れていたりする、不審な事を幾つか思い起こした。
 それを見定めんと、次の夜から、母親は娘の隣の部屋に潜み、襖《ふすま》を少し開けて様子を窺《うかが》った。秋も深まり長い闇に閉ざされる丑《うし》三つ時《どき》だった。玄関の表戸が静かに開き、生暖かい風が吹き込んできた。すると、足音も無く人影が廊下をよぎった。

                 絵  山本 清衣

 蒼白く月の光に照らされ浮かんだのは、浅葱色の狩衣を着た若者だった。一目で身分高く、良家の育ちの良さを感じさせた。男は細面であるが端正な顔立ちだった。取り分け、切れ長の目に特徴があり、一度見入られると竦《すく》むような目力があった。しかも瞬《まばた》かなかった。
 娘は、男の視線の呪術にかかると、恍惚状態に陥って衣服を脱ぎ捨てた。男の身体は、良く鍛えられ発達していた。その手足全体で床《とこ》に入った娘を強く抱きしめ房事《ぼうじ》にいたった。娘は男に身を任せ、身をよじり、身体を反らせ、男の胸の中で悶えた。
 母親は、こんなに激しい房事の現場を目撃して、ただ唖然とするばかりであった。
 翌朝、母親は夫に男の存在を話した。
 庄屋は娘に「その男、いったい何処の何奴だ」と怒りをあらわにして問い詰めたが、「娘は、本当に知りません」と真顔で言うばかり。
 娘はしばらく無言であった、がようやく重い口を開いた。この春、唐の谷川の奥の雄瀧《おんたき》さんの淵《ふち》の近くへ山菜採りに行きました。そこで偶然、男に出会い、じっと見つめられ身動きが出来なくなりました。それから、男は毎夜通って来るようになりました、と話した。
 それを聞いた庄屋は、遠い昔に聞いた雄瀧
さんの魔物、大蛇噺が頭をよぎった。
そこで庄屋は、さっそく村はずれで八卦見もするおんば(産婆)さまに、占いを立ててもらった。すると、「娘は大蛇に魅入られている」という卦がでた、といった。
 うろたえる庄屋の顔を窺うおんばさまは、「男が本当に魔物か人間か、見分ける方法を一つ教えよう」と言った。見分け方を教わった庄屋は、すぐさま娘を呼んだ。「あの男は魔物の化身かも知れない、用心せねばならないぞ」そう言って、庄屋は、おんばさまから教わった方法を娘に伝えた。
「男が今夜来たら、着物を脱ぐ前に背中を触ってみることだ。着物に縫い目があれば人間だ。縫い目が無ければ、着物はまやかし。魔物の化身だ」娘は、真剣な眼差しで父親の話に耳を傾けた。 
 そして「縫い目が無いときは、男の着物の襟元《えりもと》に、この縫い針を刺すんだ」と父親は言って、娘に長い糸を通した縫い針を渡した。
 娘は、男の態度に不安を感じていて、父親の話を素直に聞き入れた。縫い針を枕元に隠して夜を待った。
 男は何時もの丑三つ時、生暖かい風と共に音も無く忍んできた。娘は、男を部屋に迎え入れるや、男の背中に両手を回した。そして、着物の縫い目をまさぐった。しかし、男の着物には縫い目がなかった。なおもまさぐる。娘の指先に、何か固いものがふれた。
 (これは・・・・・!)
何か得体の知れないものが、パラッと剥《は》がれた。娘は、これを窓越しの月の光にかざして見ると一枚の鱗であった。
 娘は、心の中で悲鳴を上げた、が何時ものように男と肌を合わせた。夜も白々と明け始めると、男は帰り支度を始めた。娘は、隠し持っていた縫い針を襟元に刺した。その瞬間、男は一声「グウォー」と断末魔の叫び声を発して部屋を飛び出した。
 翌朝、母親と娘の目に映ったものは、赤く血で染まった糸であった。玄関を抜け、さらに雄瀧さんの淵へと繋がっていた。
 娘は、その日から吐き気をもよおし、床に臥してしまった。
 母親は一人、雄瀧の淵に来た。「ウォー、ウォー」と淵の底から唸り声がひくく聞こえる。恐る恐る淵の底を覗きこんだ。大蛇が二匹蜷局《とぐろ》を巻いていた。大蛇の縞模様は、男の着物の柄と同じであった。母親は絶句した。
 気を取り戻した母親は、淵の底から微かに聞こえる話に耳を澄ました。
 「本当に馬鹿な子だよ。人間の女なんかを構うから、こんな目に遭うんだ。縫い針から染み出した毒が体に回ってしまって・・・」
 しばらくすると 「もう俺は長くはない。だけど、ただでは死なない。あの娘の体に、俺の子種を宿してきた。じきに、盥《たらい》七杯分の俺の子供が生まれる・・・」と言い残して間もなく、大蛇の鎌首が地に落ちた。
 今度は、おんばさまに涙ながらにすがったのは母親であった。
 おんばさまは事もなげに言った。「大蛇の子を生まない方法はあるさ。三月三日に桃酒を、五月五日に菖蒲酒を、九月九日に菊酒を飲むといい。さすれば大蛇の子は下りる」
と、言った。
 娘は、つわりが始まり、日毎に腹は大きくなる。母親は、気が気では無い。五月五日を待ちかねて、菖蒲酒を飲ます。菖蒲酒を飲み干した娘は顔を歪めて苦痛に耐えながら庭に出た。すると、股間から血にまみれた蛇の子が流れ落ち、庭を赤く染めた。力尽きた娘は、遂に命を落とした。拾い集めた蛇の子は、大蛇の言葉通り盥に七杯分あった。
 すべての後始末をした母親は、私の胸の奥深くにしまっておこうと誓った。
その夜、母親は、娘の秘密を知っているおんばさまを訪ねた。おんばさまは娘の最後の様子を聞くと、「痛々しいことよ」と、言って娘の哀れな生涯に涙をこぼした。
 間もなく、庄屋の家で、娘の葬儀が執り行われた。小さな葬儀を、と思った両親とは裏腹に大きな葬儀となった。小春日和の中、葬儀が始まるや否や、唐の谷川の奥山の峰々に黒い雲が垂れ込めたかと思う、とあっと言う間に雲は走り豪雨となった。
 誰言うと無く「大蛇の祟りじゃ」と噂が広がった。

 庄屋の家では、代々見目麗しい子供が生まれたが、どの子も脇の下に鱗型の痣《あざ》が一つくっきりあった、という。
                            文  津室 儿

3 件のコメント:

  1. 新年おめでとうございます。本年も御ブログ読ませてください。ご紹介された唐の谷の奥に滝があり、水は岩をくりぬいて流れていました。学校の遠足の定番コースで郷党のみなさんの思い出にきっとあるのでは。郷里を出て何年たっていたか、久しぶり滝山をたずねると、岩の環はなんとおちていました。無情です。そういえば夫婦岩も広い道が作られると、往時の風情がなくなったように思います。

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    1. 植松樹美 様
       新年明けましてお目出度うございます。
      植松様より、久しぶりのコメント、何よりのお年玉です。嬉しい限りです。
       コメントが頂けませんので、植松様、体調が優れないのでは、
      と心配をしておりました。私の心配は徒労でした。重ねて、嬉しい限りです。
       この「室戸市の民話伝説」も本年度末で終了予定です。実のところ、私の米櫃が底を盡いたからです。
       谷村教育長とお話をしたところですが、次年度より(仮称「室戸寸感」)をいろいろの方々に書いてもらおう、なんて話したことです。その節はよろしくお願いいたします。本当に、何よりのお年玉有り難うございました。  儿

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    2. 津室様
       コメントへのご返信ありがとうございました。恐縮しております。知ったかぶりで恥をかかないように、自らに言い聞かせているところですが、失礼の段ありましたらどうかご寛容ください。谷村教育長は、在関東の竹中様等と同期生だったと思います。小生の同期も結構、郷里におられます。各人とも、年を取って語りたいエピソードの一をもっているのではと思います。お話のように、皆に聞いてほしい、そんな室戸人の話を集めるのは楽しい、と思われます。将来郷土史の資料にもなるのではないでしょうか。

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