2014年2月5日水曜日

室戸市の民話伝説 第46話 元村の駄賃馬引き

  第46話  元村の駄賃馬引き

 この話は古式捕鯨・津呂組の経営が、多田から元《もと》村の庄屋・奥宮三九郎氏に移った寛政四年(一七九二)から慶応二年(一八六六)に渡る七十四年『経営を受け継いだ奥宮三九郎は漁具漁法の改良に苦心を重ね、捕鯨発祥の地、太地浦では遂に漁することが出来なかった白長須鯨を捕獲する、など豊漁を重ね多大の富を得ていた』の間に生まれた、駄賃馬引き(註、駄賃を取って物を運ぶ仕事)の物語である。
 この駄賃馬引きの家は、庄屋から数軒離れた元川沿いの茅葺《かやぶ》き屋根の家だった。この馬引きには名字が無く、元村清吉《せいきち》と呼ばれ名に違《たが》わず実直で正直者であった。そんな清吉の気性に惚れ込んだ庄屋は、何くれとなく仕事を与えるなど日々の生活を気遣っていた。
 駄賃馬引きの朝は早い。清吉は寅《とら》の刻《こく》(午前四時)には寝床をはいでる。顔を洗うのもそこそこに、愛馬「蒼《あお》」の食《は》みを用意し、病床の妻、夕《ゆう》の介護と一人息子の真吉《しんきち》五歳の三人家族の貧しい暮らしの日々であった。
 夕の病は、真吉の産後の肥立ちが悪く、ここ数年らい床に伏せっている。駄賃馬引きの稼ぎでは、医者に診せることも出来ず心を痛めるばかりである。そんな暮らしの清吉ではあるが、日々の救いは息子真吉の夢「僕は早く大きくなり、お医者さんになって、きっとお母さんの病気を治す」との口癖と、誰に教えられたか、近くの岩戸神社に母の回復を願い御百度を踏むなど、健気な仕草が慰めの一つであった。
 今朝も清吉は寅の刻に目覚め、蒼の体をととのえる。昨日来預かった荷物を蒼の背中の鞍に載せ、西は羽根浦や吉良川の浦々の個人の家やお店《たな》に届ける。そのお店に荷物があれば、また預かり浮津浦や室津浦、津呂浦へと届けていた。 
 とある夏の日のことであった。何時もの習いで、清吉は昼八つ時(午後三時)には疲れた蒼の休息を元浦の松林の木陰でとっていた。清吉も蒼の側《かたわら》の大木に身をあずけまどろんだ。

              絵 山本 清衣

 「小半時、まどろんだであろか・・・?」
 蒼が、清吉の目覚めを促すかのように、前足で松の木の根元を掘り始めた。すると、少しずつ蹄《ひづめ》の音が変わり始めるや、堅牢な作りの箱があらわれた。手にしてみるとずしりと重い。「もしやこれは千両箱・・・・・!」では、初めて見る清吉は驚いた。何故!、何故!、ここに、と思案ながらに千両箱を眺めていた。ふと思い出した。それは数年前、庄屋の蔵から千両箱が盗まれた話であった。
 この時庄屋は、千両箱を幾つ盗まれたか、数も分からなかった、という。この事を村人が揶揄《やゆ》してか、次のような里謡がうたわれた。
   里謡 
 奥宮三九郎大金持ちよ
 背戸で餅突く 
 表で碁打つ
 沖のど中で鯨打つ
 この里謡のように、元浦の庄屋奥宮家は鯨漁で大長者になっていた。
 どうすればと思案する清吉、根が正直者の清吉、真っ先に頭に浮かんだのは庄屋殿に届けることだ。これだけの金は、この界隈では庄屋殿以外にどこにも有るまい。そう思った清吉は、蒼の背に千両箱を乗せ庄屋に駆け込んだ。
 庄屋殿は、一言。「清吉、この千両箱は如何致した」、と素っ気ない。
 清吉は、「これこれ、しかじか」、といきさつを述べるが、庄屋殿にはとんと映らない。 庄屋は、松の根元から出てきた千両箱が、何故!庄屋の物と分かる!。双千鳥の我が家の家紋でも刻印してあるか、と逆に清吉に問いかける。
 困り果てる清吉。
 見兼ねた庄屋はこう切り出した。
 「三ヶ月の間、高札を立てよではないか」 その高札には、次ぎの様に書かれていた。「この松の根元に千両箱を埋めた者は、向こう三ヶ月の間に庄屋まで願い出る事。さも無くば、駄賃馬引きの清吉のものとする」と記された。
 一月、二月、時の移ろいは早い。三ヶ月は瞬く間に過ぎていった、が誰一人、私が埋めましたと願い出る者はいなかった。
 三ヶ月が過ぎた頃には、元浦にも晩秋の景色が漂い始めていた。庄屋は、さっそく清吉を屋敷に呼び、「清吉よ、この千両箱は今日からお前の物だ。如何様にでも使うが良いぞ」と言って、清吉に渡した。清吉は千両箱を愛馬蒼の背に乗せた。すると蒼がヒヒンヒヒンと何度も嘶《いなな》き喜びを表した。
 清吉は、夕餉もそこそこに夕と真吉を呼び、千両の使い途を話しあった。
 真吉は真っ先に言った。「お母さんの病気を治すために、全部使ってほしい」と。
 母、夕は、「真吉のお医者さんへの夢を叶えるため」使うべき、と言い張ってきかない。 清吉は、妻、夕の考えにしたがった。
 時は流れ二十数年、真吉は立派な赤髭先生と成り地域の医療に尽くした、がその時、母親は、すでにこの世の人では無かった。
 その頃、誰彼とも無く真吉が耳にしたのは、彼《か》の蒼が掘り出した千両箱は、貧しさに甘んじ清貧を貫き通した清吉一家への贈り物として、奥宮三九郎がそっと埋めたものだった、と耳に届いた。

                                                                 文  津 室  儿
                                         

  

1 件のコメント:

  1. 奥宮三九郎大金持ちよ
    背戸で餅突く 
    表で碁打つ
    沖のど中で鯨打つ

    この里謡の類似の歌詞は、確か日本海側にも残っていたように思います。NHKの『日本民謡大観』の近畿編だったでしょうか。メロディも楽譜で書かれています。

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