2014年3月1日土曜日

室戸市の民話伝説 第47話 乞食一代出世

  第47話 乞食一代出世

 何時もながら、昔々の噺ですらぁ。吉良川村に大層な長者があった。長者とは、何を指すかと言うと、急に雨が降ってきて、人が傘を借りに走り込んで来ても、何時でも千人に雨傘を貸せんと長者とは言えん。それからもう一つ、いつ千人がやって来ても、その時、それらの人に食わす冷飯《ひやめし》がないと、長者とはいえんそうじゃ。
 所が、この長者の家に、二十歳《はたち》前後の男が、縁の下で残り物を貰って暮らしよった。
 ある晩、乞食は長者の屋敷に、三人の賊が忍び込むのを見てしもうた。
 (こりゃどうしよう。いがろ《叫ぶ》うか)と、思案しっよったが(今いがったら、命がのうなる。黙って見よろ)と見よったら、賊が千両箱を担いで出て行くので、まぁ兎に角後を付けてみようということにした。
 道を東へ三丁ばぁ行くと東の川へ出た。その川の橋のたもとへ下りると、川の中へ千両箱を沈めちょいて姿を消した。

           絵  山本 清衣

乞食は、そこまで見届けちょいて、縁の下へもんて来た。
 間もなく、夜が明けた。長者の家じゃ、千両箱が三つ盗まれたいうて、上を下への大騒ぎ。一の番頭、二の番頭、三の番頭も、コマネズミみたいに走り回りよる。乞食が何時ものように、勝手場へ残り物を貰いに行くと、女中が「おまさんに飯どころじゃあるもんか。夕べ夜中に泥棒が入って、うげごとかやっちょる《上へ下へと大騒ぎ》。旦那さんさえ朝飯はまだぞね」と言われると、乞食はじーっとしらばえ《考え》ちょって「実は、儂《わし》やぁ、親代々易者の家でございますが、おなん《母》がなさぬ仲で家を飛び出し、こうしてお宅の厄介になっちょります。当たるも八卦当たらぬも八卦と言いますきに、こういう時にお宅のお役に立ったら幸いです。ひとつ易を立てさして呉れませんろうか」
 こうおなごし《女衆》に言うたら、おなごしは番頭へ、番頭は主人へと継いだ。主人は「そりゃ、当たらいでもともとじゃ。どんな人が、易を当てるか分からん。みてもらえ」と、言うことになった。
 乞食は、勝手元で、箸を借りて卦を立てた。そうして重々しうに「これは、ご心配なく。手に戻ります。千両箱は東の川の橋の元の川底に沈んじょるという易がでました。行って見てつかぁさい」という。さっそく番頭を走らせたら、川の底から千両箱が三つでてきた。
 長者は、たかで悦びこけて、「どうぞ家の客分になって、いつまでも暮らしてつかぁさい」と下へもおかん持てなしよう。おまけに、『見目見透《みるめみとう》しの易者様』と、近郷近在へ触れ回った。
 これでこのまま終わったら、問題はなかったけんど、この国の殿様が持っちょる『千鳥の衣』という宝もんが紛失した。
そこで早速にも「評判に高い見目見透しの易者を呼べ」と、いうことになり、三人引きの早籠で使者がやって来た。乞食から今は易者となった男は(嘘というもんは、つくもんじゃないよ。本当の事をいうちょったら、一生客人で楽に暮らせたもんを。これで殿様の前へ出たら、易は当たらんき、嘘と分かって腹を切らにゃいかん)と、考えたけんど、また一方(ええ、運を天にまかそう。易者になったおかげで、殿様にも逢えるじゃないか)と思うて、お城へ登った。
 お城の大広間には、殿様を始め、家老や家来達がずらりと並んじょる。「易者、よう来てくれたのう。へんしも易を立ててくれ」「宜しゅうございます。が、ちょっと待ってつかさい。易というもんは、朝にならんと、良いしるしがでません。一つ、明日の朝まで待って貰えませんろうか」「そうか、仕方がないのう。明日の朝にしようか」と、言うことになった。やれやれこれで一晩、命がのんだ、と易者は思うた。
その晩の、お城のご馳走たるやめっそうなこと、これで明日に死んでも本望、と腹を据え寝たが、なかなか寝付けん。ウトウト、しかけよった所が、夜も十二時頃。襖《ふすま》がそろりそろりと開いた。「易者・・・易者・・・」と、呼ぶ者がいた。「あっこりゃ、はや夜が明けたかえっ」というと「大きな声を立ててくれるな。お前を見込んで頼みに来た。千鳥の衣は、実はこの儂が盗んだ。ここから十丁ばかり西へ行くと、破れ傘を被った地蔵さんがある。その地蔵さんの足元へ隠してある。どうぞ名前を聞かんと助けてくれ」「そりゃ誠か。まっこと間違いないか」「ああ、間違いない」「よし、儂も人の子じゃ。命は助けちゃろ」と、約束をすると侍は帰った。
 (ヤレヤレ、これで命は助かった)
 易者は安心してぐっすり寝た。
 あくる朝、殿様の前に出て、易を立てた。
「ここから、十丁ばかり西へ行くと、破れ傘を被った地蔵様がある。この地蔵様は中々の功徳のある地蔵様で、日本国内にこの地蔵様に並ぶもんはないと思う。千鳥の衣を盗んで逃げる泥棒を取り押さえ、その衣を自分の腰にすえちょる」易者はこういう易が立ちました、と殿様に申し上げた。殿様は、家来に早馬を飛ばさせ行かせると、易者のいう通り千鳥の衣があった。「さすがは、見目見透しの易者じゃ、二百石を取らせるぞ」
とうとう易者は、二百石扶持《ぶち》の侍となった。
 これで事がすめば、万事目出たしだが、前に世話になった長者の家に娘が一人おる。どうしたことか病気になって、日に日に重うなる。どんな医者にかかっても治らない。「治る病気か。治らん病気か、一遍戻って易を立ててくれ」こう言って、長者の家から迎えがやって来た。易者はこれで「だんつんだ。今度はもう誰も教えて呉やせん。嘘の皮が剥げるか!」こう腹を決めて、長者の家へ夕方ついた。易は朝でないといかん、と断って寝たが、なかなか寝付けん。うとうとしよったら、唐紙がスーッと開いて「易者・・・易者・・・」と呼ぶもんがある。見ると、ざまな坊さんが衣を着て立てりよる。「へえ」「へえじゃない。初めは見て、次は聞いて易を立てた。易者の値打ちはないけんど、実は、わしはお前に助けられた、破れ傘を被った地蔵じゃ。殿様の前で、お前が儂を褒めてくれたきに、立派なお堂が建った。おかげで雨露に濡れよった処も濡れんようになった。そのお礼に、もう二度とはいわんが恩返しに教えてやろう。この家の大黒柱の根元を掘ったら、白ネズミが死んじょる。それを丁寧に葬ってやったら、娘の病気は全快する。これきりぞよ」これだけ言うと、お地蔵様は消えた。
 そこで明くる朝、易を立ててみると、果たして白ネズミが出てきた。それを葬ると、娘の病気は薄皮を剝ぐようにして全快をした。
 さて。長者は考えた。易者のおかげで、娘の命と家督三千両が助かった。ひとつ易者を家の養子にしてやろう。もちろん、易者に異存はない。易者は長者の婿養子になると、易は家柄に合わん、というて『今日限り、見目見透しの易は辞めた』と、宣言して安楽に暮らした、という。
                           文  津 室  儿




 

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