2017年4月11日火曜日

  室戸桜(化身桜)・誕生哀話

   
                                 多 田   運



室戸桜
                                      
 








 
 皇(こう)紀(き)二六七七(平成二十九)年、春弥(やよ)生(い)、白(はく)寿(じゆ)を迎えた翁(おきな)嫗(おうな)から、次のような話を聞く機会を得た。それは、室戸の絶世の美女三人に纏(まつ)わる哀しい物語であった。
 翁嫗は、「それはな、江戸時代初期の頃の話じゃ。優に四百年も昔になろうな。今、そなたたち里人が集い、四(し)十(じゆう)寺山(じさん)・桜(さくら)美人(びと)の会を立ち上げ、領(りよう)家(け)弘(ひろ)山(やま)に「凛(りん)として気(け)高(だか)く美しく咲く桜」に、(室戸桜)と名付けて世に広めようとするは大変嬉しいことよ。しかしな、この桜の誕生哀話を存じおろうか? 知っていてこそ、三人の供養につながり、その意義は大きくなろう」と言って、話し始めた。
 「絶世の美女とは、そなたたちもすでに存じおろうが、東から言えば、三津浦のお市(いち)さんである。
 ある日のこと、お市さんは一人で三津坂峠を越えていた。その峠半(なか)ばで一人の侍に出会った。侍は、この世の者かと見紛(みまご)う程に美しいお市さんを見(み)初(そ)め、手(て)籠(ご)めにせんとした。
 お市さんは必死で抗(あらが)う。意のままにならないお市さんに、逆上した侍は太刀を振るった。 お市さんは、あえなくこの峠で不(ふ)慮(りよ)の死を迎えてしまった。
 今は峠の傍らに、小さな地蔵堂があり、石碑には花折地蔵と刻み、行き交う人々は美しい小枝を手(た)折(お)っては祀ってゆく。

三津坂峠 お市さんのお墓
 次に室戸岬は御蔵(みくら)洞(どう)前の茶店の看板娘、漁師の一人娘”おさごさん”である。美しい小町娘と慕われ、その容姿は日毎に美しさを増し、地元の若い衆はもちろん、沖を行き交う舟人さえおさごさんを一目見ようと浜辺に舟を漕ぎ寄せ、茶屋に押しかけた。 
 若い衆がつきまとえば付纏う程に、おさごさんは自分の美しさに苦しんだ。間もなくおさごさんの様子が一変した。茶屋の掃除はおろか、茶釜や食器も洗わず、顔に炭が着こうが洗わず、髪もとかず手も洗わず、誰が見ていようが鍋の中の物を鷲(わし)づかみで食った。
 その様なおさごさんの努力も実らず、一層若い衆の心を捉えた。若い衆たちの仲間内では、おさごさんをめぐって諍(いさか)いまでおこった。
 ある月夜の晩、おさごさんはビシャゴ巌(いわ)の上に立ち、自らの美しさを儚(はかな)み、投水したと伝えられる。
室戸岬 ビシャゴ巌
 最後に西の行当岬の麓(ふもと)、新村浦の漁村にしては、稀に見る気立ての優しい娘子が住んでいた。その名を”於宮(おみや)”さんといった。
 浦中の若い衆たちは於宮さんに夢中で、於宮さんの行くところ、影のように付き添い回した。西寺・金(こん)剛(ごう)頂(ちよう)寺(じ)の中ノ坊の修行僧もその一人であった。彼は僧侶の修行を怠り、教義の不(ふ)邪(じや)淫(いん)・不(ふ)瞋(しん)恚(い)の戒めも打ち忘れ、せっせと通った。しかし、於宮さんはどうしても彼の意には従わなかった。
 於宮さんは、自分が少し美しく生まれたがゆえに、多くの若い衆たちが悩み、日々の仕事も怠る姿を見て悲しんだ。
 あの若い僧侶さえ日々の業(ぎよう)態(たい)を疎(おろそ)かにして、煩(ぼん)悩(のう)の炎を燃やす。前途ある、若い僧侶が十(じゆう)善(ぜん)戒(かい)を犯すのは、みな自分の美しさのために起こる罪(ざい)業(ごう)と考えた。
 ここに至って、於宮さんは自分を殺し、衆生を煩悩の苦から救わんとして、新村不動の断崖に立ち淵(ふち)に身を投じたという。
新村不動巌 画面左奥
 この様に生まれついての美しさが徒(あだ)となって非(ひ)業(ごう)の死を遂げた。三人が今(いま)際(わ)の際(きわ)に遺(のこ)した言葉がある。それは異(い)口(く)同(どう)音(おん)に、これから先、浦(うら)々(うら)一里四方に「私のような美しい女は生まれまじ」と遺して逝(い)った、と伝わる。
 その三人の声が響き合い、重なり合う中心地が弘山であり、そこに三人の美女の化(け)身(しん)が桜となって現れた、と伝わっている。

室戸桜原木(領家弘山)
 この美しい桜の化身話も、いつしか里人に忘れられ数(あま)多(た)の時を経(へ)た。
 今になって、そなたたちが見出した桜(室戸桜)とともに、この化身話を再び世に知らしめんとすることは、お市さん・おさごさん・於宮さん、お三方は、草葉の陰でさぞかし喜んでいよう。と翁嫗は、室戸桜(化身桜)誕生話を締めくくった。


                       参考文献 室戸町史 室戸市史
   

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