土佐落語 目の上三尺 60-4 依光 裕 著
香美郡土佐山田町の神母《いげ》ノ木《き》に喜八という、トッポーコキがございました。
「こないだの宵の口に、俺が筍《たけのこ》を掘りに行ったところが、蓑《みの》を着いた男が俺《おら》ん家《く》の竹藪で座りよる」
「筍盗《と》りかよ?」
「俺もテッキリそう思うてネヤ。”コリャッ!”、と怒鳴ったが、逃げん」
「横着な奴のう!」
「”コナ糞!”と思うた俺が、鍬を振り上げてネキへ寄って行ってみるに、逃げん筈じゃ、筍じゃった」
絵 大野 龍夫
「喜八さん。蓑を着た男に見えたち、たかぁ太い筍のう!」
「話は終《しま》いまで聞けや。その筍は埋もれ子でにゃ。蓑を着いた男に見えた部分は筍のトン先、上を割って出て来たヒゲ先じゃった」
「オットロシ、たかぁ話が太いよ!」
「おい、オンシという男はモノの言い方を知らんにゃ〃」
「どういてよ?」
「話が太いち、不都合なことを吐《ぬ》かすな!太い話じゃのうて、筍じゃろうが!」
喜八、鮎釣りにかけましては物部川筋では名が通っておりまして、チクトうるさい方でございます。
「人が俺のこと”鮎釣りの名人じゃ”いうてウゲルがネヤ。いかな名人でも、鮎が居らん渕では、よう釣らん」
「そりゃそうじゃろう」
「それに水の澄み具合、鮎の食う餌が違うてくる。ほんで俺ばぁの名人になったら”どこの渕に鮎が濃いか、水の澄み具合はどうか”、釣りに行く前の日に、下見をしちょく」
「成る程、さすがじゃのう」
「その下見で思い出いたがにゃ、あれは去年じゃった。日の暮れに、山田堰《ぜき》の上《かみ》の雪ケ峰の渕を覗《のぞ》いてみるに、太い鮎が、ボチャーンボチャーン飛び上がって、パックリパックリ虫を食いよる。俺が”どんな虫を食いゆろ”と思うて見ているに、それがなんと、蝙《こう》蝠《もり》じゃ」
「鮎が蝙蝠をよ?」
「蝙蝠を丸呑みにすばぁの奴じゃきに太いが違わぁ、俺ぁ早速戻んて来て、支度に取りかかったところで、道糸は釣瓶《つるべ》の棕櫚《しゅろ》縄。鈎《はり》は十六貫秤《ばかり》の大鉤《おおかぎ》で、竿はもちろん孟宗竹よ」
「たまるか!」
「あくる日の晩方、蝙蝠の餌をつけてホリ込むも。カップリ!竿はそれこそ弓なりよ。前もって、自分の五体を松の木に縛《くく》っちゃぁたき助かったが、そうじゃなかったら、渕へソックリ引きづり込まれちょる。そればぁ引いたがにゃ。鮎が三尺ばぁ姿を見せたところでエレ糞残念、棕櫚縄がプッリ切れて、ソコスンダリ・・・・・・。俺ぁ、あればぁ惜しい思いをしたことはないがにゃ」
「たまるか喜八さん。鮎が三尺姿を見せちょったら、あと一息じゃったのう!惜しいことよ!」
「阿呆いうな!三尺上げたけんど、鮎の目はまだ見えざったぞ!」
まことにまこに土佐にゃ、とっぽい話がありますのう。
写 津 室 儿
写 津 室 儿
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