2012年12月1日土曜日

室戸の民話伝説 32話 式神の金蔵

                   絵 山本 清衣




式神の金蔵

 昔、むかしの話じゃ。とは言うても、山内の殿様の時代じゃきん、高々四百年よ。
 羽根の冬ノ瀬集落に、金蔵という名の杣《そま》(きこり)がおった。なかなかなイゴッソウで、一生嫁を貰わんづくじゃったという。この金蔵かなりの信心者で、曲がったことは何一つせん男じゃった。 
 ある日、韮生《にろう》(香美市物部町)の奥山へ仕事に行った。そこで長らく仕事をする内に、金蔵の真直ぐな心根を見込んで、土地の行者が『式《しき》神《じん》を打つ法』を教えた。うーん!、式神かよ。式神と言うたらのう。まあ、今で言うたら『御祈祷・呪』と『気合術』を一緒にしたようなものよ。ほら、藁人形をこしらえて、五寸釘を打ち込んで人を呪い殺すと言うものよ。話は聞いたことがあろう!。まあ、あれに似たようなもの。迂闊《うかつ》な者に教えると、これを悪いことに使うと大事じゃきに、なかなか、誰彼かまわず、滅多な者には教えたりせなーよ。
 それで、金蔵が機嫌のえい時に「おらが一つ、面白いことを見せちゃるきに、見よれ」と言うて、地面に三尺(99㎝)ばあな棒杭を掛け矢(木槌)でこじゃんと打ち込んじょいて、パン、パン、パン、と三遍柏手を打つたら、打ち込んである棒杭が、スッと地面から抜け、飛び上がったと言うがのう。
 また、仕事休みの日、家で転寝《うたたね》していた。金蔵が急に顔をしかめて「おお、面倒くさい、たまらん。また、あの喜三兵衛《きそべえ》の内の子が喉へ魚の骨を立ててやって来る」と言うもんじゃきん、隣に居た人が、”まことじゃろうか”と思うて外へ出て見たところが、なんとおなん(母親)に手を引かれて子供が来よったという。それが金蔵の家の前まで来ると、ちゃっくり治って帰《い》ぬる、というきに不思議よのう。
 またある時、金蔵が仕事をしよって足の骨を怪我したもんじゃきん、城下へやって来て医者に掛かっちょった。ところが、ある日のこと、痛い足を引きずりもって鏡川の天神橋で来たところが、山内の殿様の行列とバッタリ出会ったわ。 
 殿様の行列と言うたら、ちゃんと土下座をせにゃあいかざったが、金蔵は「足を怪我しちょりますきに、中腰でこらえてつかさいませ」と、頼んだけんど、「ならん、卑しい下郎の分際で中腰は許さん。あえて土下座をせぬとあらば番所へ引っ立てるぞ」と、言うもんじゃきに、仕方なしに痛い足を堪えて土下座をしたが、さあ、それからが大事よ。
 殿様の行列が橋を渡りにかかり、橋の中ほどに差し掛かった時、どういうもんか、殿様の乗っちゅう駕籠《かご》が、いきなり川の中へドブンと落ちこんだわ。たまるもんか、殿様は駕籠の中で逆さまになってタッパ(手・イカのアオリ、鯨の胸びれ)をこきよらあ。真っ青になった家来どもが、ドボン、ドボンと川へ飛び込み駕籠の中の殿様を助けて岸へ連れ、顔・頭を拭くやら着物を絞るやら大騒動よ。土下座をしちゅう百姓やら町人は笑う分けにもいかず、皆、うつむいて目を伏せ、袖を引くやら、殿様の威厳は丸潰れよ。
 それでも、ようようか行列を整えて、もう一遍橋を渡ろうと中程まで来たところが、なんとまあ、不思議なこともあるものよ。また、殿様の駕籠が、ドボーン、と川の中へ落ちた。わけが、わからん家来!。ドボン、ドボン、ドボンと全員が川に飛び込み殿様を助けると、今度は川をザブザブ、ザブザブ、向こう岸へ渡り、ようよう殿様と駕籠を担ぎ上げたという。
 さて、その帰り道で、金蔵が連れの男に言うことに、「どうなら、おらの下馬落としは・・・、鮮やかなもんじゃろうが。おらが足が痛いきに”土下座は許してつかさいませ”と、あればあ頼むに、どうしても聞いてくれんもんじゃきん、二回、落としちゃったわや」と言うもんじゃ。
 たかあ、昔の人は不思議な術を知っちょたものよのう。

                            文 津 室  儿
         
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1 件のコメント:

  1. お久しぶりです。
    土佐の風土には、みんな平等で死んだら同じよ、の意識が強くあり、反権力あるいは反俗の生き方が自分の行動の美学である、とやせ我慢して生きてきた、あるいは現在もしている人が結構いるように思います。この金蔵さんの噺はそんな土佐人の気持ちを励ましているように思われます。

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