2013年2月3日日曜日

土佐落語 箸蔵詣り 60-6

土佐落語  箸蔵詣り  60-6             文 依光 裕  
 
 香美郡は山田の甫岐山に、格次という男がおりましたが、これがトットの猟好きでございました。
 一日《ひいとい》も深山《ふかやま》で鹿猟をしておりますに、”鹿を追う猟師、山を見ず”で、カズラ橋で有名な祖谷渓《いやだに》へ迷い込んだそうでございます。
 昔のことなら日が暮れますと、山犬が出てまいります。
 ようようの思いで一軒の家を見つけまして、早速宿を頼みますに、婆さんが顔を出しまして、
 「土佐のお方はデコをよう廻ぁしますかの」
 「やぁ、土佐でも山分じゃ、デコを廻ぁしよりますきに」
 「それなら一晩の宿は楽じゃ。さぁさぁ」
 ”デコを廻ぁす”と申しますと、味噌を塗った田芋やら豆腐の田楽を、囲炉裏のフチでクルクル廻ぁすことでございます。
 「お口に合いましたかの?」
 「やぁ、満腹!お陰で助かりました」
 「ほんなら土佐のお方、さむい布団じゃが、今晩は娘と一緒に寝えてつかぁされ」
 たまるか、ノケゾッタは格次でございます。 「ム、娘さんと一緒に?」
 「あいな」
 「ソ、それにゃようばん!儂ゃこの囲炉裏のネキで結構ですきに」
 「土佐のお方、この祖谷では他国の客人には伽《とぎ》をさせる習慣《ならわし》じゃ。家の娘はお金《かね》というて歳は十八、まだ男を知らん未通女《おぼこ》ゆえに、よろしゅうにのう。コレ、お金。客人にご挨拶をしいや」
 「アイ・・・・・」
 ソロリと襖を開けて出て来た娘が別嬪ちエライもの、さすが平家落人の血筋でございます。

                                   絵 大野 龍夫
 
 格次、一目見ただけで惚れてしまいまして、 「婆さん、なんぼ習慣《ならわし》でも、そりゃいかん!どういたち一緒に寝んといかんなら、娘さんを女房に貰い受けますぜよ」
 話はとんとん拍子に纏まりまして、お金は六日のちに嫁入りすることになったと申しますから、縁と云うもんは、どこで転がりゆやら判りません。
 さて、お金は約束どうり、六日のちに吉野川の渡し舟の人と為りましたが、知らん他国へ嫁ぐ身でございます。
 「船頭さん。土佐では小便のことを何と申しますぞ?」
 早速、予備知識を集めにかかりましたが、この船頭、耳が遠い上に、お金を箸蔵詣りの娘と早合点しまして、
 「箸蔵さんなら、しっかりえいわ」
 「ハシクラサン・・・。ついでに大便のことを教えてたもれ」
 「ついでに行くなら、琴平さんよ」
 小便はハシクラサン、大便はコトヒラサン、一生懸命覚えまして、ようよ格次の家に着いたお金でございます。

 「お金さん、なんぼかダレタろう?」
 格次がネギライの言葉をかけますに、お金、
 「旦那さま。祝言の前にハシクラサンとコトヒラサンへ参りとうございます」

                            写  津 室  儿


                              

1 件のコメント:

  1. 小生山歩きは大概単独行でしたが、夜の避難小屋ではシラフの足元をネズミが走り回るのみで別嬪さんでなくてもよかったのですが娘さんには一度も会うことがありませんでした。剣山、さんれいを歩いたとき下りの道を見失い迷って、いたどりやぜんまいが、これはたまるかというほど生えているところなど、かき分けたりして、泣きたいほどに山の斜面を落ちていくと幸運にも山道の先にぶつかり、その夜は山麓にテントを張りました。翌日祖谷地区に入ったことが分かりました。バスに乗って、通学の子どもたちの顔姿に気品を感じたことです。

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