2013年2月9日土曜日

土佐落語 野雪隠 60-7


 土佐落語  野《の》雪《ぜん》隠《ち》  60-7  文 依光 裕

 香美郡の冨家本村《ふけほんむら》に、松太郎という百姓がございました。
 小若い衆の時分から酢が利いた男でございまして、村の世話役《ききやり》もするなかなかの敏腕家《やりて》でございます。
 「おい、俺ぁ今から山南へ行ってくるきに、オンシは先に寝よれや」
 「山南の誰ん家《く》ぞね?」
 「三八郎の叔父貴ん家じゃ」
 「オマサン、こんな夜分遅うに行かいでも、明日の朝にしたらどうぞね?」
 「それが、どういたち今晩行かないかん用事よや」
 女房の声を振り切りまして松太郎、夜道をスタスタ歩きまして、山北の下有岡へさしかかりますに、娘が一人、道端でウズくまっております。
 「モシ・・・・・!、どうしましたぞ?」
 「アイ、横腹が急に疼《うず》きだしまいて・・」
 振り仰いだその顔の綺麗なこと!松太郎は年甲斐ものうハヤ猫撫声でございます。
 「そりゃいかんのう。それにしても、こんなに遅うに、何処まで帰《い》によるますぞ?」

                          絵 大野 龍夫
 「山南の三八郎さん家へ伺いよります」
 「三八郎なら儂《わし》の叔父じゃが、そりゃボッチリ。儂もソコへ行きゆうがじゃきに追うて行て進ぜましょうぞ。さぁ、遠慮は損慮じゃ」
 親切に娘を背中に負いますに、ムッチリコンモリした肉付きが着物越しに伝わってまいります。松太郎はたかで胸がホカメキまして、少々の重さはナンノソノ。
 「さァ、着きましたぜよ。三八郎のオンチャン、起きとうせ!儂じゃ、松太郎じゃ」
 「松か?こんなに遅うに・・・・・!、松よ、石かたけ担《かた》いで何事なら」
 「叔父貴も目が遠うなったのう。この娘さんはのう・・・・・。さァ降ろしますぜよ、ソリヤ、手を離しますきに」
 上がり框《かまち》へ降りてビックリ!ソレはなんと、二十貫もある大石でございます。
 「オノレ糞狸!」
 
 コジャンと化かされまして、頭に来ました松太郎、狸の姿を求めて外へ飛び出しましたが、狸がウロキョロしゆう筈がございません。
 「オジさん、オジさんは冨家の松太郎さんですろう?」
 疲《だ》れこけて三八郎の家に引き返す松太郎を呼ぶ声の主、それは三八郎の近所に住む若嫁さんでございました。
 「エライ汗モツレになって・・・・・。丁度風呂が沸《わ》いちょりますきに、一《ひと》風呂浴《あ》びて汗を流《なが》いて行きなんせ」
 「そりゃそりゃ、ほんなら一風呂借りますぜよ」
 「微温《ぬる》かったら言うてつかさい。焚きますきに」
 「おおきにおおきに、ポッチリの湯加減じゃ」

 「松太郎、オンシはそんなくで何をしよら?」
 「アア、叔父貴かよ。儂ァ狸の奴を追いかけて大汗をかいたきに、ここで風呂を貰いよる」
 「松太郎、オンシはまた狸にやられたか!」
 「な、なんつぜよ」
 松太郎がビックリして聞き返しますに、三八郎は鼻をつまみまして、
 「オンシが入りゆうは風呂じゃのうて、野雪隠ぞ!」

                           写  津 室  儿


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