土佐落語 腰巻き 60-9 文 依 光 裕
昔は男でも一張羅の和服にメカシ込む時は、腰巻きをしたもんでございます。
「婆さん。メリヤスのシャツと白ネルの腰巻を出いてくれェ」
「爺さん、今晩も出掛けるがかね?」
大栃の奥に角さん・おそのと云う年寄りの夫婦がございましたが、角さんは年に似合わんやり手でございまして、他所に女をこしらえております。
「婆さんよ、シャンシャンしたや!」
「こんなに遅うに何事ぞね」
「常会常会。部落の総代をしよったら、毎晩常会よや」
「毎晩話す事があるもんネェ」
「それよ。何ヘンカニヘン、先に立つ者が苦労すらァ・・・・・。ほんなら行てくるきに、婆さんは先に寝よったや」
提灯片手に一歩足を踏み出した角さんの背中へ、
「爺さんよ、今晩はウンと冷えるきに、ヘチの常会をせんと、早う戻んて来なんせ!」
男が家を出しな、それも痛い一言でございましたので、カチンときました角さん。
黙ァって行たらエイもんを、クルリと舞い戻ってまいりまして、
「こりゃバンバ!ヘチの常会た、どういう意味なら?俺が他所へ女でも囲うちゅうと思うちゅうろが、証拠があるかや? 人の噂を真に受けて亭主を疑うもエイが、ソレを口に出いていう時にゃシッカリ証拠を握ってからモノを言え!」
コジャンと啖呵を切って女の所へ出かけまして、その晩は夜の明け方家へ戻ってまいりました。
ところがエイ年をして、夜業《よなべ》仕事に精を出してきておりますので、婆さんが目を醒《さ》まいても白川夜舟の高鼾。一向に知らんと寝入っておりますに、おその婆さんは女の執念でございます。
絵 大 野 龍夫
「なんとか証拠を」と言うもんで、角さんの身体検査に取りかかりまして、まずジンワリ布団をめくった、その途端、「ややッ‼」
おその婆さんが白眼をヒン剥くも、角さんの枕を蹴飛ばすも一緒じゃったと申しますから、女の悋気《りんき》は幾つになってもオトロしゅうございます。
「ア痛《イ》タ痛タ!何をすりゃ糞バンバ!」
「吐《ぬ》かすな助平ジンマ!常会常会いうて、ようもアテイを騙いてくれた。さァ、女は一体何処の女ぜよ!」
「またソレを吐かす。悋気をコクなら、証拠を出せ、証拠を!」
「証拠は、オマンの腰巻じゃッ!」
角さん、慌てて自分の腰巻を見てみますに、昨夜《ゆうべ》の女がしておりました真っ赤な腰巻でございます。
「ジンマの白ネルの腰巻が、いつ、どういて赤うなったぜよ?」
バンバの矢のような追求に、角さん、
「イ、色の文句は、染物屋にいうてくれ!」
写 津 室 儿
0 件のコメント:
コメントを投稿